2005/05/29
ゴスペラーズ沖縄ライブのレポ
枠が決まってて、そこをきちんと満たすライブじゃ物足りなかったから。
武道館ライブを観るまでの数ヶ月、私が観たライブは思えば総じてとんでもないライブだった。
BLOCKSでのライムスター、マボロシ、HMVでマボロシ。
JAPANCIRCUITでマボロシ、ハナレグミ。スカパラワンマン、及川光博。
マボロシ×3は観すぎかもしれないけど(笑
とにかくどれもこれもすんげーライブだった。
『LIVE』なのだ。その瞬間その場に居合わせないと得られないものがそこに存在してた。
だからこそ、高レベルだけどどこか予定調和なゴスペラーズのライブが
物足りなくなってしまったんだと思う。
まあ、ジャンルが違うとかそういうのも考慮すべきなんだろうけど
ハナレグミなんてギター一本弾き語りだったし、
ゴスペラーズが不利な条件はなんもないと思う。比較するとしたらね。
沖縄、凄く楽しみだった。
ゴスペラーズ好きだから、凄く楽しみだった。
予定調和のライブは物足りないと思う一方で
物足りないと思えるほどレベルの高いライブをしているのは事実だから。
だから、普通に楽しいライブなんだよ。誰もが楽しいと思うライブなんだよ。
そして沖縄1日目。
思ったとおり、思った以上にいいライブだった。
客がゴスペラーズを大好きで、ゴスペラーズはライブが大好きで。
ほんとにあったかいライブだった。
正直、これで十分だと思ったくらいだった。
それこそ千秋楽行けなくてもってくらい楽しかった。
で、千秋楽。一番最後の最後のライブ。
村上てっちゃんのあの呆然とした顔を1ヶ月以上たった今でも忘れられない。
『カレンダー』→『ウルフ』の流れの時だった。
観客の歌声に圧倒されて一瞬呆然としたんだな。
そしてそのあとの参ったような死ぬほど嬉しそうな笑顔。
あの日、会場にいた客は本当にゴスペラーズが好きで、ライブが楽しくて物凄く純粋で凶暴だった。
あんな大きな歌声を聴いたことがない。
イントロが流れるたびにうわあって、飛び跳ねて喜んで。
そして私はその後のことをあまり覚えていない。
客がゴスペラーズの持つ『枠』を壊した瞬間が『ウルフ』だった。
千秋楽という事もあってメンバーは最初から結構飛ばしてたけれど
多分、メンバーも予想外に引っ張られていったと思う。
ペースを狂わされるのはプロとしては失格かもしれないけれど
彼等は客に引っ張られて物凄いライブをやってのけたんじゃないだろうか。
あの会場との一体感と熱は、自分が今まで行ったライブの中でも1番か2番だと思う。
��ちなみに今でも本当に凄かったと覚えているのは6年前、1999年の
B'zのツアーファイナル@横浜国際@大雨のBrotherhoodとCalling)
客を引っ張る、巻き込む、飲み込むライブはここ最近よく観てた。
ハナレグミ、salyu、ライムス、マボロシ、スカパラ。
だけど、客と一緒に上に上がるライブってのはなかった。
それはプロとしてはどうなのって話かもしれない。
客も計算のうちに入れるべきなのかもしれない。
だけど、それじゃ物足りないところまでゴスペラーズはきてた。
沖縄のライブはひとつの答えであり、結果であったと思う。
ああいう瞬間に居合わせたいから私はライブに行くんだと再認識した。
奇蹟みたいな夜だった。
2005/05/16
やさしいライオン
中村一義改め100S。
私の中で中村一義は『金字塔』で止まってる(=その後の作品聴いてない)
わけだが、バンドになったってので100Sの『OZ』を聴いてみた。
ちなみに、私が『金字塔』聴いたのは発売当時だったので
幼かった私には彼の世界は難解すぎた。
『金字塔』の印象ががらがら崩れた。恐ろしくよかった。
これはほんとにこのメンバーだからこそのケミストリーだなあと。
中村一義ってのは、自分の中で確固たる理想の世界ってのがあって
それを一人で、誰も介在させずに築いているというイメージがあって。
だから、彼がバンドを組むってことが物凄く意外だったんだけど
組んだら組んだでワンマンバンドかなあと思って聴いた。
そしたら、本当に『バンド』でまずそれに面食らった。
明らかに池ちゃん(池田@バタ犬@アフロ)の影響受けてる曲とかあるし
メンバーが誰一人埋もれてないし、
中村一義が突出しきってるわけでもない。
構成が複雑怪奇だったり歌詞が聞き取れない声だったり
私が知ってる中村君らしさは相変わらずだとも思ったけど、
彼は彼だけの世界を作るのをやめて、
彼を理解してくれる人たちを理解して、皆で世界を創るようになったとそんな風に思った。
何があったのかは知るよしも無いが、彼に新しい風が吹いて
そしてそれは凄くよい変化だったのではないかと。
んで、一番好きなのがこのエントリのタイトルの『やさしいライオン』。
泣けて泣けてしょうがない。
キャラが違うけど、これはもうどうしようもなく泣けるのだ。
「もういないあなたを明日へと送るから。」
「逢いたいならば夜空またいで、逢う場所はもう、ここではない。」
「あなたは、ただ、心に居て」
「逢いたいならば声嗄らして、あった事、唄えばいい」
『逢いたい』と言える強さと『逢えない』ことを受け入れるやさしさ。
相反した切なさがたまらない。
この人の世界はこんなに優しくて深くて痛かったのかと。
最初の方に書いたとおり、彼は自分の理想の世界を構築する事が全てで
それはすなわち彼は彼の世界に独り閉じこもろうとしてるんだと。
そういうイメージがあったんだけど、このアルバムはもっと大きな世界を唄ってて、それは死とか絶望とか
そういうものが全てにおいてついてまわってるような曲が
とても多いんだけど、その世界にも光を見つける術を彼が知ったような、そんな風に思った。
切ない曲ばかりだけど、それはどれも決して悲観でも諦観でもなく
ただ、あるものを受け入れる強さと潔さ。
それから、優しさと生命力、というか熱を感じた。
2005/04/26
ゴスペラズのライブについて
心からのお礼を申し上げます。物凄く嬉しかったです。
頂いたメールの多くは、『楽しかったけどなんとなく物足りないと思った』
という感想を抱いていた方からで
その方たちが思ってたなんとなくの物足りなさの一部を
きれいにまとめようとしていると私が表現したのかなあと思ってます。
ライブに求めるものは、一人一人違う。
だから自分が感じた物足りなさと言うのは、たまたまそのアーティストの
目指す方向性と自分の観たいものが合致しなかっただけだと。
ただ、それだけであると。
それだったらいいと思うんだけど。
ゴスペラーズのライブに関しては、本人の目指すものと
彼等の周りの人間の目指すものが違うような気がして
それが物凄く観てて苦しいと言うか、窮屈な印象を受けた。
彼等のライブは楽しい。とてもレベルが高い。
それはまごう事なき事実であり、だからこそ今回のツアーは
初めて彼等のライブに行った人が皆楽しかったと言っている。
そういう感想を様々なサイトで見かけた。
彼等はそれだけのクオリティのライブをやっているわけで
私自身だって彼等のライブを凄く楽しんでる。
だけど。だからこそ。
彼等のライブのレベルの高さを目の当たりにしてるからこそ
こんなもんじゃないだろう、という想いが生まれる。
濃い曲をやれとか、そういうのは自分の個人的嗜好の問題だから
それはおいておいて。
単純に、本人たちはこのレベルで。
こういう風にきれいにまとまりきってて、満足なのだろうか。
計算されて、洗練されたステージはとても見事だ。
高いレベルでステージをこなしてると思う。
だけど、そこまでは客の期待の範疇だ。
ホリエモンが言うなら『想定の範囲内』なんだ。
「ゴスペラーズって、聴いたとおりいいライブをするね。」
「ウワサどおり、凄く楽しかった。」
そういう感想ばかりになってないか?
自分の思ったとおりの楽しさ。
期待通り、100%の楽しさ。満足感。
それを確実に与える力を彼等が持ってるとして。
だけど、いつライブに行ってもそれしか思わないのはどうなのかな。
マボロシのクソ長いライブレポの中に、
『マボロシのライブは、毎回毎回その瞬間に居合わせないと得られない
ものが必ずあるから何度でも行きたい』
というようなことを書いた。
自分達のやりたい音楽を、やりたいようにやってる彼等のステージには
彼等が作った秩序のみが存在している。
スカパラのライブも、圧倒的な力が存在してた。
自分達がそこに立っていることに絶対的な自信があって
ひとつも躊躇いがないから。
一つ一つのステージに反省点はあったとしても
自分が立つことに不満も不安もなく、ただ、本当に己の足だけで立ってる。
そんな自信と確信に満ち溢れてる男が10人いるので
エネルギーとしてはそりゃもう凄まじい。
ミッチーだって、スキップカウズだって、自分を貫いてる。
だから、ライブは全力で楽しい。
ライブとは、本来そうあるべきなのだ。
音楽やってる人間が、完全に解放される場所じゃなきゃいけないのだ。
武器は自分しかないんだから、確信と自信がなきゃ成立しないのだ。
そこに、誰かの枠なんか存在しちゃいけない。
自分達で音楽を作ってるゴスペラーズなら、余計にそうだと思うんだ。
自分自身を曝け出す場所であるステージで、どうしてゴスペラーズは
武装してるんだろう。
期待通りの楽しいライブはもういい。
模範解答80点のライブももういい。
彼等が己の秩序だけで作り上げたステージが観たい。
自分達の好きな曲を好きなように唄えばいい。
それをできるだけの実力はあるんだから。
予想を裏切るようなことをしてみて欲しい。
解き放たれた彼等の引力がどんなものなのかが知りたい。
今のライブを否定するわけじゃなく、ただ、その先が観たいんだと言うのが
私が彼らに思ってることなんだと思います。
そのための枠を取っ払うには中山と小池がいらないんじゃないかとね。
2005/04/25
ゴスペラーズのライブレポなのに
彼等のプロデューサーの中山(最早呼び捨て)に喧嘩売ってる文章になった
書けば書くほど喧嘩売る内容になっていった。
別に辛口なことを書いてるつもりでも
『辛口なこと書けるコアなファンなアテクシ』なつもりでもない。
毒吐けばコアなファンだとカンチガイしてる輩が多すぎるので
一緒にされると結構心外だ。
ブサイクマッチョだと毒は吐くが、『永遠に』は大好きだ。
あのベタベタ感にやられてるんだ。名曲だよ。
ゴスペラズは昔から知ってるが、好きになったのはここ数年だ。
それまではシングルしか知らなかった。
ライブだって去年のツアーが初体験だった。あ、昔HMVインストアは
行ったのかな。殆ど覚えてないけど。
っつーことで、コアでも何でもない、ただ好きなだけの私のレポ行きます。
レポッつーよりコラムだな。
ゴスペラーズのライブはクオリティが高い。
業界でも評判がよい。楽しい。面白い。
その通りだ。ゴスペラズのライブは凄く楽しい。
��0年のキャリアの賜物であり、プロだ。
レベルだって高いと思う。歌の上手さは別として、
ナマの良さを凝縮したステージで客を楽しませることに長けている。
そして今回も予想通り素晴らしくよかった。
��0年間やり続けてきたことの集大成と言うわけでもないんだろうけど
��0年かけて上ってきた坂の、今の時点で一番高いところから
会場の客を全部がっちり掴んで離さない。
本当にいいライブだった。
なのになんでだろう。
このライブをよかったと思う一方で、違うだろうと言う想いが拭えない。
レベルが高いライブなのだ。物凄く。
去年のツアーは6回も観に行ってしまったが、平均点も高かった。
神奈川県民ホールのやる気のないMCはむかついたが
滋賀も沖縄も横須賀も東京もどこもよかった。
テンションに若干ムラがあるのは許容範囲として、
平均点がとても高いライブだった。
今回もそう。喉の調子が悪くても何でも、彼等はライブの平均点が高い。
だけど、例えるならば『模範解答で80点』と言う感じなのだ。
誰かが求めてる回答を求められたとおりに紡いだ感じ。
キャリアに裏づけされた自身を彼等は持ってて、
ステージングは堂々としてるけど。そこにはプロ意識がはっきり出てるけど
だけど、どこかしら彼等以外の力が存在している気がするのだ。
「スタッフのおかげでこのライブができました。」
とは違う。なんか、物凄く奇妙な圧力。
凄く、圧迫感があるのだ。鬱屈してる感じなのだ。
ライブ全部が、そして、ゴスペラーズ自身が。
��Cでヤスオカユタカが言ってた『ライブが一番楽しい』は嘘じゃない。
絶対に嘘じゃないけど、このライブじゃないだろうと思った。
明らかに、彼等には『枠』があつらわれている。
それはライブじゃなくて最近のシングルを聴くたびに思うものだったが
今回のライブで、ライブにも『枠』があることに気付いた。
その枠を作ってるのが、プロデューサーの中山だったり演出の小池だったり
してるんだろうと思う。
キューンソニーに喧嘩売るが、私は中山が嫌いだ。
『タイトルは3文字で、バラードで。』
なんて支持を出すアホがどこにいるのかと思ったらここにいる。
『永遠に』のブレイクを引っ張り続けて『ミモザ』まで来てる。
��0年代トレンディドラマから抜け出せない古いセンスと
彼等の才能を信じきれない浅はかさと
彼女自身がマニュアルに囚われてくだらないプロデューサーに
成り下がっている。マジ、どうしようもねえと思う。
彼女の固定観念は素晴らしく凝り固まっていて、
ゴスペラーズという器の計り知れないとんでもないバケモノに対してでも
その小さな枠の中に無理やり当てはめようとする。
そして、そこからはみ出るのを許さない。
そんな風に端から見えるのだ。
シングルとアルバムの曲のギャップだけでも。あのライブだけでも。
アルバム『Dressed up to the Nines』や『Soul Serenade』を聴けば
一般の人の彼等のイメージは変わるだろう。
彼等は、普遍的なラブソングだけを唄う連中じゃない。
なんせ全員三十路越えだ。ドロドロに濃い歌だってガンガン唄う。
むしろ、その濃さが彼等の真骨頂だとも思う。
だけど、中山の作る枠の中にその『濃さ』は介在しない。
��ステで言われたような『ゴスペラーズ、逆切れ』で
好き勝手作って生まれた濃い楽曲や、あのドロドロしたものは
中山の『ゴスペラーズ』には存在しない。
洗練されたものだけをよしとする、カンチガイトレンディドラマ世代の女。
それが中山なんだと私は認識した。
ゴスペラーズは、ライブ中もがいてるようにも思えた。
枠の中からどうしてもはみ出せなくて、苦しんでる感じがした。
その中の必死の抵抗が『夢の外』や『FIVE KEYS』であり、
『FIVE KEYS』をライブの定番曲にしたのはその抵抗が身を結んだ証なんだと思う。
ゴスペラーズの魅力は、洗練された奇麗事の愛の歌じゃない。
泥臭い、ナマナマしい熱さだと思う。
長いことブレイクせずに業界内での評判は高かった。
ブレイク前からライブには定評があった。
それこそが彼等の武器なのに、売れてしまったせいで周りの圧力で
その武器を堂々と振り回すことができなくなってしまった。
前のツアーの『Sweet』に鳥肌が立ったりとか
『ポーカーフェイス』で狂うくらい熱くなったとか。
そういうのは決して自分の好みの曲だったからだけじゃないと思う。
そもそも『Sweet』はライブで聴くまでそこまで好きじゃなかったし。
あの押し付けられた枠の中でさえ、ああやって本当の自分達の片鱗を見せることができるんだから。
彼等はもっと無茶をするべきだ。
本当に彼等がやりたいライブを好き勝手に作っていいはずだ。
それを観ないことにはゴスペラーズのライブを評価なんてできない。
��0年たった今だからこそ、自分達の好きなようにやったってちゃんとやりきる実力があるだろう。
キャリアに裏打ちされた自信の居場所がなくて、もがいてる彼等を
どうしても勿体無く思ってしまう。
そんなライブだった。
つまり、ゴスペラーズはキューンを離れろと。
いや、中山がいなくなればいいだけの話なんだけど。
以上。ネットの片隅でソニーに喧嘩を売ってみました。
2005/03/20
JAPAN CIRCUIT Vol.22
出演は bonobos、Salyu、ハナレグミ、そしてマボロシ。
以下ライブレポ。長いです。
900番台だというのに思ったより前の方、ステージ向かって左側ゲット。
左のスピーカーに程近いので音が偏って聴こえるであろうと予測しつつ
開演前に流れっぱなしになってるSEをひたすら聴く。
『MAGICLOVE』のイントロが流れた瞬間に「あっ!」と声を出して
怪しまれる。その直後サビに入った時に同じく声を上げた人がいて
なんとなく仲間意識。
そして『MAGICLOVE』によりなんとなく切ない気持ちになる。
��キノンの兵庫さんが登場、本日の出演順発表。そして開演。
トップバッターは大阪からやってきたbonobos。
ラテン系でいいのかな。ゆったりめのBPMで明るい音。
左のスピーカー側にいるからか、少しベースが目立つ。
Voの蔡の飄々としたトークに笑いつつ、気持ちよく身体を揺らす。
トップだったことと、やはり東京でのライブ本数が絶対的に少ないこと
のせいだろうか。
どうしても『アウェー』の想いが強かったようで、若干固さが見えた。
次に東京来る時はもっと力抜いてよりbonobosらしいステージが観たい。
次はSalyuちゃん。
大きな紅い花を頭につけて、白いふわふわのワンピース。
それだけでもう可愛い(←だいすき
登場時はにこにことステージの右で左でぺこんとおじぎしたりして
ほんわかムードが漂っていたのに、彼女が一声あげた瞬間に
空気が変わった。
会場の客が飲まれた瞬間だったと思う。
Salyuの声は他の誰とも違う。
その声は、大気を震わせる。空間を包み込む。
彼女の声はその場の空気そのものになる。
歌が終わったあとの彼女はどこにでもいる普通の女の子で、
にこにこと笑って少し話をする。
次の曲を間違えたときの照れ笑いなんて、本当に普通なのに
歌声を発した瞬間に彼女はとても透徹した存在となって
その声がこの空間の空気そのものになっていく。
凄い、としかいいようがない。
ちなみにサポメンには小林武史さんから北田マキさんまで
笑っちゃうくらいに豪華でした。
そして、ハナレグミ。
箱ティッシュを持って『花粉が凄い』と言いながら登場。
ゆるい、ゆるすぎる。
オールスタンディングのライブハウスという、明らかに
弾き語り宅録という現在の自分のフィールド外のところにいるのに
登場して座っただけであっというまにAXを自分の空間にしてしまった。
一曲目は『ハンキーパンキー』
この曲で完全にマボロシファンごとハナレグミを聴かせる空間に
持っていったと思う。
そしてくるりの名曲『男の子女の子』
小さなネタで笑わせても、すぐに自分の方に引き戻してしまうその引力。
曲の合間のトークもゆるゆるで、今日はマボロシで踊って行ってねなんて
ブレーメンの一節唄ってしまうほど。
『ボクモードキミモード』をほんとは踊る曲なんだよと言って
ゆるゆるの弾き語りアレンジにしてるくせに客を躍らせる。
同じく箱ティッシュ持参の今野英明さん(ロッキングタイム)を招いて
��曲(多分『ありふれた言葉』ともう一曲)やったあとに
ラストは『さよならCOLOR』
これは反則だろう。ここまでサービスしちゃっていいのかと思う。
バタ犬の名曲のセルフカバー。
案の定泣かせていただいた。あざとくて悔しいが
退場時までやっぱりゆるゆるだったのでもうこの空間自体が
彼に支配されていたんだと思い知る。脱帽。
客が前に押しかけて大変なことになりつつもステージの転換は進む。
人のスキマスキマに入らされてなんて隙間産業(誤用)などと
困り果てつつもステージに彼等が現れた。
マボロシのライブはこれで3度目。
アルバム一枚だけってくらい持ち玉少ないんだから
セットリストなんて毎回似たようなものだろうと予想はつく。
…にも関わらず毎回毎回こんだけわくわくしてしまうのは
坂間さんとタケさんの技量だ。
今回のライブもなんかある。絶対になんかある。
セットリストが同じだろーがなんだろーが
その瞬間にその場にいないと得ることができないものを
毎回必ず持って来るのが彼らだと思う。
マボロシバンドのメンバー登場後、満を辞してタケさん登場。
『泥棒』のイントロが流れて坂間さん登場。
マイクスタンドはもう使わないと決めたのだろうか(笑
この時点で早くも客席は沸点。
「泥棒!」を皆でコールしまくって、『THEワルダクミ』突入。
この2曲だけでタケさんのリフのかっこよさに満腹気分。
��曲しかやってないのに一気に観客はあがってる。
あとはもうマボロシのライブを全力で楽しむしかなくなる。
ハナレグミのゆるい空気は完全に払拭され、
この空間を彼等が完全に掌握している。
そして次の曲は個人的に『マボロシサウンドの真骨頂』だと思っている
『マボロシのほし』
モータウンサウンドと呼ばれるような音に坂間さんらしいラップが乗る。
ギターとラップが両方唄うサウンドがマボロシの目指してる
サウンドだとインタビューで二人が言っていたが
この曲は今のマボロシの到達点だと思う。
それだけ完成されたこの曲はライブでもやっぱり映える。
平和を唄っているはずなのにこの歌は紛れもないラブソングで
拳突き上げながら、タオル振り回しながら、サビを一緒に唄いながら
ささやかな、普通の人の普通の願いが胸に響く。
ギターのサウンドも相変わらず開放的なのに、歪みのあまり少ないその音が
なんとなく泣いてるようにも聴こえて、まさに『ギターが唄っている』
たった3曲でこの音色の幅。タケさんを改めて凄いと思う間もなく
ドラムが、MPCが、ビートを刻んで坂間さんが煽る。
「おい。すげーキテんぞ」「マジで半端ない!」
観客はその煽りに喜んでついていく。
「いや、来てるのは一人なんだけど」
と、笑いを交えて
「おい。ゲストキテんぞ。」
と言い直して登場したのは御馴染みKREVA。
今までマボロシがやったライブ9回のうち、8回に登場。
最早メンバーですよと突っ込みを入れつつ
『ファンキーグラマラスPart1』
相変わらず互いを刺激しあって高みに持っていくような掛け合い。
KREVAの『音色』を一節だけ歌って大サービス。
このときのギターアレンジが最高だと思った。
『音色』タケさんリミックス聴いてみたい。
そしてその流れでセッションしようという話になって即興。
クリスタルケイとの曲である『Baby Cop』を坂間さん、
KREVAは…すみませんわかりませんでした(土下座
そしてそして、『廻し蹴り』、『ファンキーグラマラスPart2』
モッシュも凄くてアゲアゲの空気を断ち切ってKREVA退場。
KREVAの登場に盛り上がりまくった客を、KREVAの退場でも下げさせない。
クールダウンと引き、は違うんだよと身を持って教えてくれる。
「福岡スペシャルだったんだよー」と言いながら
『ネタになってウタになってNOW ON SALE』
アレンジが施されていて、薄暗い小さなバーでおっさんが歌うような
渋めブルースサウンドから、かなり突き抜けて明るい音になってる。
それでもブルースの要素が全く消えてないのがタケさんの引き出しの多さ。
幻の3番の歌詞は聞き取りきれなかったが、30代とカンチューハイで
韻を踏む辺り、まったくもって『らしい』。
ラストは『SLOW DOWN!』
JAPAN CIRCUITオーラスを飾るにふさわしく、観客もメンバーも
残ってるエネルギーを爆発させるかのように盛り上がる。
途中に挟んだメンバー紹介は今までのライブより若干長めだったが
そんなものはブレイクにもならず、観客の熱は上がりっぱなしだった。
そして完全燃焼、大団円、と思いきや観客席から沸くアンコール。
「持ち歌ないんだよ!」と言いながらもう一度登場してやってくれたのは
『HARDCORE HIPHOP STAR』
この曲ほどラストにふさわしい曲はないなあ、と今日改めて思った。
爆発的な攻撃力があるわけでも、際立ってトリッキーな何かが
あるわけでもない。
ただ、この曲がAX中に霧散してた観客の熱を、ステージに収束させ、
そして改めてマボロシのライブに観客を取り込んだ。
派手な曲で盛り上がって観客が飛び跳ねたからって
ライブは成功じゃない。
その空間を自分達のものにするかどうかだと思う。
マボロシはそれを当然とばかりにやってのけた。
まんまHIPHOPからモータウンサウンドまで、
とっ散らかって振り幅でかすぎの音楽を
『マボロシの音楽』だと堂々と放って、空間を自分達のものにした。
掌握する力が彼らにあった。全てを飲み込むほどの引力があった。
今回のライブはSalyuにもその片鱗が見えたし、
ハナレグミも堂々としたものだった。圧巻だった。
思えば凄いメンツだったなあと感動することしきり。
そしてはじめは真ん中より少し前にいたはずが
押されて突き飛ばされてスキマスキマの隙間産業で最後の最後で
��列目という凄い場所にいた自分に乾杯。